静かなる退職がポピュラーに
「静かなる退職」という言葉がじわりと浸透しているようですね。
こちらもFIRE同様、アメリカ発祥の言葉なのでしょうか、
Quiet Quitting という英語とともに紹介されているのをよく見かけます。
この言葉を聞いた時に、真先に思いついたのは、
私のサラリーマンの最晩年はまさにこの状態だったということですかね?
それと、「静かなる退職」という言葉がある種の市民権を得てしまうと、
これがある種のゴールとなってしまう危険性があるのかな?
ということです。
というのも、「静かな退職」と言ったところで所詮はサラリーマン、
リアルに退職するFIREとは満足度が全然違うわけで、
やはりここを目指すのはかなり違うのではないかと思います。
私が静かな退職をした理由
「静かな退職」とは「労働者が必要最低限の仕事のみを行っている状態」
を指す言葉だそうです。
まさに、私のサラリーマン時代の最晩年の5年位は、
この言葉にぴったりという感じでした。
それでは、なぜそのような状況に陥ってしまったのか?
と言えば、以下の理由が挙げられます。
① 賞与の大幅カットで仕事をやる気がなくなった
② 一所懸命働いたところで、出世・昇給の見込みがない
③ 一方、仕事の手を抜いたところで給与が大幅に減らされると言う話でもない
④ セミリタイアの目途がある程度たっていたので、
待遇がある水準を下回れば即辞めるつもりだった
結局は評価の不透明性の問題
「静かな退職」をする理由としてよく挙げられるのが、
公正な評価制度が存在しないということです。
「自分は正当に評価されていない」
「努力して成果を出したのに給料が全く上がらない」
というのはよく聞く話です。
私が静かな退職をするきっかけの原因として挙げた①~③についても、
結局のところはすべてこのことに起因すると言えます。
まあもっとも、評価する側の人は正当な評価で偉くなったと思っている人が多く、
評価システムに問題があるなんて思ってないようなので、
この辺りが改善することは個人的にはないと思っていました。
ただ、「静かな退職」をすれば、
心穏やかなサラリーマン生活を過ごせるか?
と言われると、そんな甘いものではないと思います。
この点については、次項以降に述べたいと思います。
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