2021年3月31日水曜日

退職金チェックだけで開ける未来があるかも?

セミリタイアを志すなら最初にチェックすること


私が所属していた会社でも、50歳をちょっと過ぎた段階で、
退職金のがいくら貰えるかとか、
将来の年金見込額がいくらになるか?
という類の研修が開かれます。

多くの元同僚達はその段階で初めて退職金の額なり、
将来貰える年金見込額なりを知ることも多いです。

私はこの研修が行われる年齢の前に会社を去ったわけですが、
研修後の諸先輩方の反応は奇異に映る部分が多かったです。

というのも、セミリタイアを志す者ならば、
退職金がいくら貰えるとか、
年金がいくら貰えるとかいうのは、
最初にチェックする事柄なわけです。

従って、私は何歳で辞めると退職金がいくら貰えるとか、
1年の違いだけで退職金が随分と違う勤続年数があるとか、
様々なケーススタディを行いました。

そんな私から見ると、
そろそろ役職定年で給料が下がるとか、
定年が見えてくる段階で、
こういった事を初めて知るのは呑気すぎやしないか??

これが第一印象です。

もっと貰えると思った...


貰える退職金の額については、
「思ったより少ない!」
という声をよく聞きました。

何を根拠にそのような発言になるのか?
この辺は未だにわからない部分が多いのですね。

と言いますのも、中途採用の私に比べれば、
貰える額は相当多いはずなのです。

彼ら(新卒で入った人達)と同じ水準で貰えるのならば、
私だったらもっと早くやめていたのにな~と思います。
(ここは転職して失敗したと思っているファクターです。)

退職金 & 年金チェックはお早めに


このポイントについて逆方向から見てみますと、

「こんなに退職金が貰えるんだったら定年までいる必要はないな...」

なんて発想になる人も一定数いるのではないかと思います。

仕事もお金も使うのも好きな方は、
定年までみっちり働いた方が良いですが、
あまりお金もつかわないし、
仕事は大嫌いと言う人は、
退職金をチェックするだけで、
早期退職という違う未来が開けてくるかも??
なんてことをちょっと思いました。

もちろん、思ったより遥かに退職金が少ないというケースもあるかと思いますが、
それはそれで現実を知るのも大事かと思います。

いずれにしましても、退職金のチェックは早めにした方が良いと思いますね。

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2021年3月30日火曜日

命令されないだけでも平穏な日々ですな~

命令で動く日々だったサラリーマン時代


サラリーマン時代の仕事がつまらなかった理由ですが、
仕事の性質という観点から見ると、
私の仕事の種類が以下の2つだけだったからかと思います。

① ルーティーンの仕事
② 命令で「やらされる」仕事

①については、お金を貰ってるんだからと割り切れる部分があります。
正社員を退職した後、少しだけ働くといった場合は、
①に属する仕事の方が多いのではないかと思います。

問題は②に属する仕事です。

私は管理部門の仕事だったので、
資料の作成が仕事のメインとなるわけですが、
「本当にこれって必要なのかな?」
と思う資料を作らされる事も多く、
また、実際にそれが役に立ったかどうかとか、
そもそもその資料を使用したかどうかのフィードバックがなかったのが、
日々のストレスの原因となっていました。

悪夢のパターンで多いもの


当ブログでもサラリーマン時代の悪夢を見ることについて触れていますが、
悪夢のパターンで多いのは、
「上司から命令される」
というものですね。

命令と言っても、無理難題系のものです。

膨大な量の資料を明日までにまとめろとか、
そもそも統計が存在しないデータを集めろとか、
実際の経験がベースになっているものです。

命令されないだけシアワセ


会社組織の命令系統の構造上、上司の命令に従うのは当然です。
その命令の中には無理難題的なものも多く、
また、本人の意向とは異なるものも多いです。
(個人的に絶対売れないと思う商品をべた褒めする資料を作る、等々)

という事は、中間管理職以下の仕事というのは構造上ツマラナイものとなる...
というのが原則なのかと思います。

もっとも、会社によっては個人の裁量範囲が広く、
社員が生き生きとしている会社もあるかと思いますが、
こういった会社は少数派じゃないでしょうかね?

いずれにしましても、今の自分の立ち位置は、
誰にも命令されない自由なもの。
それだけでも日々平穏だな~と感じる昨今です。

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2021年3月29日月曜日

高級住宅街に住む意味について考えた

高級住宅街を散策して思うこと


ここのところ、都内でも高級住宅街と言われることの多いエリアに
散策で行く機会が増えました。

昔の自分の考えでは、高級住宅街など物件価格・家賃も物価も高いし、
大型スーパーなんかもないし住みにくいよな~
なんてことを考えていたのですが、
やはり高級住宅街には「高級」なだけの価値があって、
その意味を考えると、今後の自分の住まい選びのヒントにもなるかな?
などと思ったので、この辺をまとめてみたいと思います。

高級住宅街に住む人間像


昔から住んでいる人を除けば、
高級住宅街に住む自分が考える人間像というのは以下の通りです。

① 仕事で成功し、高収入を確保
② 幸せな家族があり、子供の教育に熱心
③ 子供を軸に、自分と同じような成功者との近所付き合いを望む

①から③まで、ものの見事に自分には縁がないのですが、
結果的に常識をわきまえた上品な人々のコミュニティが形成されます。

結果として、街は穏やかな雰囲気となって、
自宅付近で過ごす時間の多い、
独身セミリタイア者にとっても、
過ごしやすい空間となっているのではないかということを、
少しの間散策しただけですが実感致します。

理想の街は見つかるか?


私は昨日のブログで、
「泣き叫ぶ子供を放置する子供が増えた」
という事を述べましたが、
こういった親子の比率も高級住宅街だと圧倒的に低下するでしょうし、
私が生活で苦しめられている迷惑老人も少ないかと思います。

仮に自分が高級住宅街的なところに住んでいればですが、
ストレスは今より相当少ないと推測します。

もちろん、私の保有資産的には高級住宅街に住むのは不可能ですし、
私の住む庶民的なエリアも利便性が高いというメリットはあります。

ただし、私は住む場所の選択においては、
利便性というところにフォーカスを当てすぎたかな?
と言うのは反省材料かもしれません。

高級住宅街は無理にしても、
雰囲気の良い街で暮らしたいかな?
という気持ちがこのところ強くなってきましたね。

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2021年3月28日日曜日

泣き叫ぶ子供を放置する親が増えた気がする

泣き叫ぶ子供を放置する親


私が良く行く図書館の建物には児童施設が併設されているので、
建物の共用部には子供連れの姿を多く見かけます。

そこで最近気になるのは、
泣き叫ぶ子供を放置する親が多いということです。

子供が泣き叫ぶという状況は昔からありますし、
ある程度はやむをえないとは思います。

ただし、公共の場で子供をあやそうともせず、
ちょっと外に連れ出すとかもしようとしないで、
そのまま放置するというのはいかがなものなのか?
ということを感じることが増えました。

コロナ禍では子供が泣き叫ぶ意味は異なる


通常の時期であれば、
「うるさい子供が泣いている!」
程度ですむという考えもありますが、
今はコロナが蔓延している特殊な状況です。

屋内でそれなりに人がいる状況で、
子供がマスクもせずに絶叫して、
飛沫を飛ばしまくっているというのは、
相当まずい状況ではないかと思います。

不機嫌な母親 & 泣き叫ぶ子供と暮らしたくない...


最近はこの手の状況に遭遇することが多いので、
まさに「親の顔が見たい」ということで母親の顔を見ると、
困ったとかいう表情ではなく、
ただただ不機嫌な顔をしているケースがほとんどなのですよね。

私は世間的には悲惨と言われる独身一人暮らしですが、
こういう母子と一緒に暮らしているのではなくて、
本当に良かったよな~なんてことをしみじみ思う瞬間でもあります。
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2021年3月27日土曜日

セミリタイアで得た「自由」を無駄使いしている感覚はありますよ...

セミリタイアで得た「自由」は貴重


サラリーマンを辞めて、24時間自分の自由に時間が使える!
まさにセミリタイア生活の醍醐味と言えます。

この「自由」というのは何物にも代えがたいものですが、
単純に「自由」だから楽しいのか?
この辺のスタンスは人によって異なるようです。

本日は私がこの「自由」とどう向き合っているのか?
これについて述べてみたいと思います。

自由より寂しさや退屈が優ることはない


ライフスタイル系ブログを拝見させて頂くと、
会社を辞めて自由になった結果、
最初の内は楽しかったけど、
数年経つと寂しさや退屈の気持ちの方が強くなった、
こういった主張を目にすることはあります。

ただ、私はセミリタイア後3年半程度しか経過していないからかもしれませんが、
そのような心境になったことはないですね。

その第一の理由はサラリーマン時代との比較にあります。

私のサラリーマン時代の晩年のメインの仕事は10年以上継続していた、
それこそ退屈な仕事だったわけです。
あの仕事を継続する退屈さに比べれば、
一日中ツマラナイTVでも見ていた方がましというものです。

寂しさという観点から見ても、
別に気の合う仲間ときゃっきゃして仕事してわけでもないので、
サラリーマン時代の方が寂しさが紛れたという印象はないですね。

「自由の無駄使い」という感覚はある


それでは今の私が、自由を謳歌した一点の曇りもないセミリタイア生活を過ごしているか?
これもちょっと違いますね。

会社を辞めたら、腰を落ち着けて語学の勉強をしようとか、
歴史についてもっと体系的に学ぼうとか考えていましたが、
こういったことにはあまり手が付けられていません。

この点については
「もったいない」
「自由時間をうまく活用していない」
という感情はあります。

しかしながら、それで何が困ることがあるのだ??
別に良いではないか?
辛いことはほぼなくて、
日々、ちょっとした楽しみがあるだけでも儲けものだろう?
という感情も同時に持っています。

この二つの感情が揺れ動いている状態が続いているのが、
今現在の正直な心境ですね。

そして、この迷いのようなものはずっと継続する気が致します。
なかなか、
「自分の生き方はこれしかない!パーフェクトだ!」
なんて確信をもつのは難しいですからね。

ただし、方向性だけは何となく正しいような気がするな...
という感覚だけは持っておきたいと思っています。

その観点から見ると、今の生活は70~80点くらいにはなるような気がします。
まあ、こんなもんでしょう...というそれなりの納得感はありますからね。

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2021年3月26日金曜日

【セミリタイアで解決!】サラリーマン時代の家事が疎かだった時の思い出

暇なセミリタイア生活でもそこそこ忙しく感じる理由


私はセミリタイア生活を名乗る人達の中でも、
パートなどで定期的に出社するわけでもないので、
かなり時間が自由になる部類に属するかと思います。

とは言っても、それなりにやることはあって、
そこそこ忙しく感じることもあります。

その理由の一番は、一人暮らしということで、
家事全般に費やす時間がそこそこあるからです。

そこでちょっと疑問に思ったのは、
今より遥かに忙しかったサラリーマン時代、
家事の時間をどうやって捻出したのだろうか?ということです。

このことについて考えると、
セミリタイア生活がLow CostでHigh Qualityな生活になる理由が
より明確になる気が致しますので、
このポイントをまとめてみたいと思います。

サラリーマンは少ない自由時間が家事で消える


サラリーマン生活ではただでさえ少ない自由時間が、
家事にとられることになります。

月~金は疲れていて家事どころではなく、
土曜日はひたすら寝るだけ、
日曜日の午後くらいに嫌々掃除や洗濯するというライフスタイルの方、
結構多いのではないでしょうか?

私の忙しい時のパターンがそうだったのですが、
本当に忙しい時はこの土日すら休めないこともあります。

サラリーマンが家事を充実させるのは困難


そもそも論で言いますと、サラリーマン時代に、
今のセミリタイア生活と同じだけ家事に時間を割くのは無理でしたね。

このことによる問題は以下の3つに集約できるかと思います。

① 家事関係は思いっきり手を抜いていた
② 汚い部屋でも我慢していた(というより、気にならなかった?)
③ お金で解決していた

①については家事関係に割く時間がなかったので、
必然的に家事関係は手抜きにならざるを得なかったということです。

②はその結果として、部屋は汚いまま、散らかったままになります。
ただ、そんなことが気にならないくらい、
帰宅後も仕事のことで気が休まらないといったところでした。

③は主として食事関係ですね。
自炊をする時間も気力もないので、
外食やコンビニ弁当などが中心となります。

本来は必要のないコストがかかるとともに、
栄養面での問題もあります。

セミリタイアでQOLもアップ


今の私の部屋はお世辞にも綺麗で片付いているとは言い難いのですが、
サラリーマン時代に比べると相当マシになっていますね。
昔は良く、あんな雑然とした環境で暮らしていたな~と改めて思います。

また、食事面についても自炊(買物・料理)をする時間がありますので、
かなりのコストカットに加えて、
栄養面での充実も図れているかと思います。

これらのポイントについて考えると、
セミリタイアによって生活の質はかなり改善していることを感じます。

サラリーマン時代は、自分が自覚している以上に生活が荒れていたのでは?
なんてことをしみじみと感じますね。
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2021年3月25日木曜日

楽天モバイルとAndoridの不具合が続けて起こった!

Android アプリ強制終了問題


先日のAndroidアプリの強制終了ですが、私のスマホも被害を受けました。
結果的には、AndroidシステムのWebViewと
Google Chromeのアップデートで解決しましたが、
ちょっと焦りましたね。

というのも、この事象のちょっと前ですが、
突然、楽天モバイルで通話できなくなるトラブルが生じたからです。

楽天モバイルで電話ができない?


セミリタイア・ロンリー生活の私ですので、
スマホでの通話自体が珍しいのですが、
たまたまとある業者と外出先で話しをしていて電話が突然切れました。

その後、断続的にこちらの声が聞こえなくなる現象が起こって、
何度かかけなおしを繰り返したのですが、
とうとう電話が発信できなくなってしまった上に、
ついでにネットにも繋がらなくなってしまいました。

この時は、30分程経過したら普通に電話が使えるようになりましたが、
未だにトラブルの原因は不明です。

ここまでひどかったのは初めてですが、
「こちらの音声が先方に聞こえない」
というのは割とよく起きますね。

値段の関係で今後も使いますが...


私の場合、セミリタイア生活をスタートさせるのと同時に、
楽天モバイルを契約しました。

その後、Rakuten UN-LIMIT Vへ移行しまして、
来月までの1年間の携帯電話料金を無料で使用しております。

来月からはRakuten UN-LIMIT Ⅵへ自動アップグレード、
私は通常は2GB~3GB程度しか使っていないので、
今後は恐らく月額1,078円で回していけそうです。

この値段と変更手続きが面倒なのと、
楽天経済圏にどっぷりつかっている関係で、
キャリアを変更するつもりはありませんが、
もうちょい回線の品質はあげてもらいたいですね。

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2021年3月24日水曜日

【JT株主優待】ギリギリまで悩んでご飯セットでなくカップ麺を選択

含み損を抱えているJT株


セミリタイアラーの大好きなJT株ですが、
私も200株程保有しております。

一部の株式を高配当株へシフトする一環として購入したのですが、
2019年12月に購入したため、
不幸にして8万円程の含み損を抱えております。

高配当株投資には批判も多いですが、
今のところその批判通りの相場展開となっていますね。

とりあえず、10年くらいは保有しようかと思っていますので、
結果的にどうなるか?
楽しみに待ちたいと思います。

株主優待選択はご飯 or カップ麺


JT株の株式優待を受けるには、
1年以上継続して株式保有をする必要があります。
従って、JTの株主優待を受け取るのは今回が初めてです。

200株の株式保有者の選択は「ご飯セット」もしくは「カップ麺セット」です。
ご飯セットは28食、カップ麺は24食とかなりのボリュームです。

ご飯は3種類の組み合わせで選択不可ですが、
カップ麺は鶏がら醤油と合わせ味噌の2種類があって、
どちらか一種類全部、もしくは半々ずつにすることができます。





セミリタイア生活の食費をカットするという意味では非常にありがたいのですが、
どちらにするかは大いに迷うところです。

迷った理由(どうでもよいかもしれませんが...)


グダグダと長い間迷った理由はどちらも一長一短という感じだからです。
双方のメリット・ディメリットをまとめると以下の通りです。

【ご飯・メリット】

・ご飯はどうせ食べるもの
・急にご飯が食べたくなった時にパックご飯は便利

【ご飯・ディメリット】

・ご飯はやはり自分で炊いた方が美味しい
・コスパ的にはイマイチ

【カップ麺・メリット】

・カップ麺は時々めちゃめちゃ食べたくなるアイテム
・ホームラン軒のカップ麺は旨い

【カップ麺・ディメリット】

・健康面を考えるとあまりよろしくないのでは?

株主優待選択は3月25日必着


といっても締切が迫ってきましたので、昨日はがきを投函しました。
結果的には「カップ麺」の誘惑には勝てずといった感じで、
カップ麺(鶏がら醤油12食 & 合わせ味噌12食)をチョイス致しました。
身体にはまり良いことはないでしょうが、
たまには良いでしょうという感じです。

ちなみに、仮にはがきが3月25日に事務局に届かなかった場合は、
自動的にご飯セットを選択したことになるようです。
そして、優待品到着は少々遅れる(6月中旬以降)ことになるようです。

とりあえず、4月中旬から6月中旬にカップ麺が到着するようなので、
到着を待ちたいと思います。

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2021年3月23日火曜日

4年前の今頃辞表を提出した! ~ その後の心境の変化 ~

4年前に会社に辞表を提出


ちょうど4年前の今頃に、当時の上司に辞意を伝えました。

このタイミング(3月末頃)で会社を辞めることを伝え、
6月末で退職するという計画については、
随分と前からシミュレーションしていたのですが、
結果的には会社側の要求により、
退職日は1ヵ月遅れることとなりました。

まあ、計算通りとはいかなかったとはいえ、
大きなトラブルもなく無事会社を辞めることできて本当に良かった!
と言うのが今の嘘偽らざる感想です。

辞表提出は大きな一歩だった


4年前の事を振り返ってみると、辞表提出というのは大きな一歩でした。

辞表提出前の4年間と提出後の4年間を比べてみれば、
生活の充実度は天と地ほど違いますからね。

私にとっての生活上のインパクトは、
今の生活が充実していて日々楽しいというよりも、
自分にとって、もはや面白みが全くない仕事をしなくてよくなくなったことの方が、
遥かに大きいですね。

サラリーマン時代の晩年というのは精神的にきつかったですからね...
そこから脱出できただけでも儲けものです。

つまらない日常も何故か楽しい


私がセミリタイア生活について考える場合、
「あのままサラリーマン生活を続けていたら...」
という前提が常に付きまといます。

例えば、何もやる気が起きなくて1日中ぼーっとしていても、
会社に行って意にそぐわない仕事をやらされているよりはるかにまし!
そんな風に考えます。
ぼーっとしていても誰にも怒られませんしね。

なので、特別何もない普通の日なんかでも、
何故かちょっと楽しい気持ちなんですよね。

こんな日々があるのも、4年前に辞表を提出したことから始まっているのだな!
と思うと、ちょっと感慨深いものがありますね。

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2021年3月22日月曜日

リア充タウンで感じた「ボクはこれで良いのだ!」という気持ち

リア充タウンで考えたこと


週末は自由が丘へ行って参りました。

東京でも屈指のおしゃれ人気タウンということで、
かなりの人出で賑わっていました。

人出の中で目立ったのはファミリー層です。
高級住宅街をバックに抱える街でもありますので、
まさに充実した生活を過ごしていそうなファミリーが多かったです。

中年のおじさんが一人で歩く姿は皆無の中、
シアワセそうな人達に囲まれるのはどんな気分なのか?
そんなことをふと思いました。

結論的に言えば、
今の自分の状況というのはそんなに悪くないのではないか?
いや、むしろなかなか良いのでは??
と言ったところです。

私がそのように考えるに至った経緯をまとめてみたいと思います。

圧倒的に向いていない気がした


幸せなファミリー層というのは微笑ましいものがあり、
子供がきゃっきゃ楽しそうにしているのを見て喜んでいる
お父さん、お母さんは本当に楽しそうに見えます。

ただ、自分が同じ立場だったらどうですかね?
同じように楽しい気持ちになるのか?

この辺は、そうかもしれないしそうじゃないかもしれませんが、
自分にはこういった家庭を持つという形の幸せは向いていないのではないか?
なんとなくそんな風に思えるようになっています。

こういった視点で改めて周囲を見回すと、
「何で休みの日にこんなとこに来なきゃいけないんだ?」
というような顔をしたお父さんがちらほらいるように見えるから不思議なものです。

ボクはお気楽生活に向いているのだ


まあ、私なんぞは気まぐれでぶらりと街に立ち寄って、
疲れたら帰って好きなだけ寝るというお気楽な生活なわけです。

充実しつつも、子育てという重い責務ののしかかる生活、
時々虚しさを感じつつも、基本はお気楽なセミリタイア生活、
ボクは圧倒的に後者に向いているんだろうな...
というのが今のところの結論ですかね?

こういうことを言うと、
「モテない中年男性の負け惜しみ」
にしか聞こえないかもしれませんし、
そういった要素は多分にあるとは思うのですが、
家庭を持っている人を無条件に羨ましいとは思えないですね~。

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2021年3月21日日曜日

セミリタイアの定義が乱立しても自分の理想は変わらない

乱立するセミリタイアの定義


世間一般では「セミリタイア」などいうのはマイナーですが、
それでもYouTubeやブログなどでは、
セミリタイア中心のコンテンツを発信する人が増えてきました。

そこで「おやっ?」と思うのは、
セミリタイアの定義が乱立していることですかね?

それこそ世間一般では、「専業主婦」や「フリーター」という
カテゴリーに括られるだろうな...と思われる方々が、
自身のライフスタイルをセミリタイアと定義され持論を展開されています。

良いか悪いかは別にしまして、
セミリタイアという概念が広まれば広まるほど、
従来のセミリタイアのイメージとは異なるセミリタイア像が、
これからも出てくるのだろうと思います。

私の理想とするスタイルは変わらない


しかしながら、色々なセミリタイア像が展開されようとも、
私個人の理想とするセミリタイア生活は基本的には変わらない気が致します。

私の理想とするセミリタイア生活のコアはずばり、

働かなくても死ぬまで食いっぱぐれないこと

ですかね?

要するに、
年金受給開始までは手持ち資金で何とか食いつないでいけて、
年金受給開始後は年金の範囲内で生活していける。

セミリタイア後の労働は生活に潤いを与えるためであり、
仕事が0になったとしてもとりあえず食べることだけはできる...

そんなイメージです。

色々なセミリタイア像が出てくるのは歓迎すべき


上記で述べた私の理想に照らしてみますと、
例えば、
数十年のスパンで生活するには不十分な資金で、
フルタイムのサラリーマン労働を辞めて、
ストレスの少ないバイトで食いつないでいくというのは、
自分的にはちょっと違うというイメージです。

私個人の考えでは、
「ストレスの少ないバイト」という仕事の具体的なイメージが湧かないのと、
仮にストレスが少ないとしても、
「働かなければいけない!」と言う状況が続くとすれば、
残りの人生は楽しめない気がするからです。

しかし、こういった生活スタイルを良しとする主張もわかります。
サラリーマンを何十年もすることにより心身が壊れるかもしれないし、
サラリーマンを辞めてからでも少しは働いた方が良いかもしれないし、
なんやかんやで仕事はそれなりにあるだろうし、
なんて考えれば何を好き好んで激務のサラリーマンを続けるのだろうか?
なるほど一理あります。

結局のところ、この辺りは何が正しいとか間違っているとかではなく、
個々人の価値観なり将来像に依拠するところが大なのだと思います。

従って、色々なセミリタイア像が提供されるようになったのは、
基本的には歓迎すべき状況なのかとは思います。

ただし、自分の理想とするセミリタイアスタイルは何か?
この辺はしっかりと持っていた方がよいでしょうね。

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2021年3月20日土曜日

普段は誰とも喋らないセミリタイア生活でも会社員時代を懐かしく思わない理由

会社に行けば確かに何かしらの会話はある


せっかくそれなりの資産を貯めてセミリタイアしたのに、
一人の生活を楽しめないというタイプの方もいらっしゃるようです。

夢中になれる趣味がなかったり、
気軽に遊べる友人がいなかったりだと、
なかなか楽しめい生活を望めないというのはわかる気は致します。

しかしながら、

「会社員時代は会社に行けば、少しは会話もあって、
気が紛れていた部分もあった...」

と言った類の発言を聞くと、
自分の環境とはちょっと違ったのかな?
と思います。

そこで本日は、この点において私が会社員時代を懐かしむことはないのだ!
ということについて述べたいと思います。

喋りたくない人とも喋らなければいけない


会社ともなれば、自分が話していて楽しい人とだけ喋るわけにはいきません。

会社の大部分の人が嫌な奴だったなどというつもりはありませんが、
一部の人との会話には非常につらいものがありました。

特に会社には明確な上下関係がありますので、
相手の立場が社内で上だった場合に、
自分が聞きたくない話を聞かないという選択肢はありません。

今の自分のセミリタイア生活を考えますと、
こういった事態から解放されただけでもメリットは大です。

会社での会話は儀礼的なもの


仕事の合間や昼休み時間などに同僚とちょっとした会話をする、
こういった事のメリットを全否定するつもりはありません。

ただ、こういった会話の大部分は儀礼的なものであって、
それがあったから生活が潤うというようなインパクトはないかと...

また、ある程度仲が良くなった人と言うのは、
会社を辞めてもメールのやりとりやら、
たまに飲み行ったりとかありますから、
会社員を辞めたことによって失うものは大きくありません。

会社を辞めてメリット総取り


結論的に言えば、会社を辞めることによって、
人とのコミュニケーションという観点から見れば、
大きなメリットがあると言えるかと思います。

叱責・説教・自慢が満載の上司との会話がなくなるメリットは、
同僚との他愛のない会話がなくなるディメリットを大きく上回ります。

そして、会社を辞めたことによっても、
本当に仲の良い元同僚との関係は続きますので、
いわば会社を辞めることによりメリットは総取りできるのでは?
と考えます。

そもそも、同僚との会話が楽しくて仕方がない!
そんなに楽しい会社なら辞めようと思わないでしょうからね。

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2021年3月19日金曜日

【セミリタイア贅沢ランチ】久しぶりに美味しい天盛そばを食す

週に一度くらいは多少の贅沢が理想


普段は節約が基本のセミリタイア生活ですが、
生活にメリハリをつけるという意味でも、
週1回程度は多少の贅沢をしたいと考えています。

昨今は緊急事態宣言の引きこもりでそういった生活から遠ざかっていましたが、
久しぶりに外出する機会もあったので、
ちょっと高めのランチを頂くことにしました。

食べログ そば百名店 2021 ~ 西荻窪 鞍馬 ~


今回訪問したのはJR中央線・西荻窪駅から徒歩すぐの場所にある、
「西荻窪 鞍馬」というお蕎麦屋さんです。
食べログのそば百名店にも選出されている有名店です。





先客の中には、昼から冷酒を飲んでいる「通」っぽい人がいます。
年齢は50代くらい、平日が休みなのか?はたまたリタイアした人なのか?
どうでもよいことがちょいと気になりました。

さて、今回オーダーしたのは「天盛そば(車海老二尾)」です。
お値段は2,200円(税込)と私にしてはかなりのお値段となります。





味の方ですが、流石に有名店の味という感じですね。
車海老は素材を生かしてやさしく揚がっているという感じで、
お蕎麦は香りも良く、のどごしも最高です。
上品なランチを堪能させて頂きました。

安居酒屋に行くより遥かに有意義なお金の使い方だ!


2,200円というのはそれなりのお値段ではありますが、
サラリーマン時代の上司に安居酒屋に連れていかれる飲み代よりは安いですね。

どちらが有意義なお金の使い方か?
言うまでもありませんね。

自分の好きなことだけにお金が使えるのも、
サラリーマンを辞めたメリットであることを再認識です。

これから季節も良くなりますので、
感染対策には気を付けつつも、
積極的に外出していきたいですね。

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2021年3月18日木曜日

【セミリタイア孤独対策?】私が草野球やフットサルのチームに入りたくない理由

セミリタイア後の孤独対策


セミリタイア後に仲間と草野球やフットサルに興じる方もいらっしゃいます。

セミリタイア後の孤独対策にも最適だし、
運動不足の解消にもなるし、
野球やフットサルそのものの楽しさも魅力です。

ただ、今現在の私の心境としては、
これらの趣味活動への参加に対しては積極的にはなれません。

本日はこの点について述べたいと思います。

10人いれば1人くらいは嫌な奴が...


一番の理由ですが、草野球やフットサルのチームともなれば、
10人以上の人数が集まることになります。

そうなりますと、1人くらいは嫌な奴や苦手の人がいる確率は高いです。
それを考えますと、そういう団体に積極的に加入しようという気は生じなくなります。

スポーツの目的は個々人によって異なる


実は私は20年以上前にはフットサルチームに所属していたことがあります。
まあ、私は人数あわせで時々呼ばれていただけなのですが...

この時の経験では、社会人フットサルチームに所属する目的は、
大きく2つに分かれていました。

一つは純粋に運動不足解消や親睦を深めるというのが目標のグループ、
もう一つは勝ちにこだわり競技を究めたいグループです。

私などは前者に属するわけですが、
ボールを積極的に取りにいかなかったり、ミスをしたりすると、
後者の人に怒られたりするわけですね。

高校の部活で地区大会の予算突破を狙っているわけでもないので、
いちいちそんなことで怒られても...という感じになります。

この時は、後者に所属する方が少数派だったので、
最終的には彼らがチームから去って事なきを得たのですが、
社会人チームというのはなかなか難しいものだと思いました。

一人で楽しむ方が気楽


もちろん、全員旧知の仲で気の合う仲間だったら、
この手の活動も楽しいかとは思いますが、
知らない人ばかりの地元のグループに今から入ろうとは思いませんね。

まあ、今のところ、一人のまったりとした生活を楽しんでいるという感じなので、
そもそもグループ活動をしたいという気はないのですが、
妙に気合を入れて草野球をしているおじさんを見たので、
この辺について自分の考え方をまとめてみた次第です。
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2021年3月17日水曜日

優柔不断系セミリタイアラーは家など買えないな~

ここに住んだら...という妄想系散策は楽しい


セミリタイア生活に入ってからの楽しみの一つが散策です。

都内が中心となりますが、特に観光地でもないエリアを、
神社巡りを兼ねながら散策するのは楽しいものです。

その散策の際には、「ここに住んだらどうか?」という視点で街を見ることも多く、
スーパーに入って品揃えや価格をチェックしたりして、
我が家の周辺のスーパーと比較して一喜一憂したりもしています。

「ここに一生住もう!」という街に出会えるか?


今のところですが、「ここになら永住しても良いかな?」
という街には出会えていないのが現状です。

ただ仮にそのような街に出会ったところで、
住んでいるうちに嫌になることもあるかもしれないし、
もっと良い街に巡り合うかもしれません。

そういうことをダラダラと考えていると、
家を買ってここに一生住もう!という決断には自分は至らないかな?
というのを漠然と考え始めました。

家を買うとしたら最初で最後


50歳を過ぎた自分にとって家を買うとしたら最初で最後となるでしょう。
家を買ったら生涯そこに住み続けることになります。

家を買った方が得とか損とか以前の話として、
「ここにずっと住むんだ!」
という結論に至ることができるか?

優柔不断系のセミリタイア者である自分には、
ちょっと無理かもしれません。

手頃な価格の家を買った方が経済的にはお得なような気がするんですけどね...

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