誰とも喋らない日が続くが...
誰とも喋らない日が続く高齢者の嘆きに関する記事があり、
ちょいと興味深く読ませて頂きました。
"築50年を超える市営団地・2DKで1人暮らしをする田中健一さん(76歳・仮名)。部屋にある必要最低限の家具・家電は、ゴミ同然だったものをもらってきたのだとか。たまに映らなくなるテレビもそう。田中さんの毎日は、朝起きてテレビをつけ、夜に眠るまで、誰とも言葉を交わさないまま過ぎていくといいます。「気がつくと、もう1週間も誰とも話していないんです。喉を使わないから、たまに宅配便が来たときに返事をしようとすると、声が掠れて出ないことがある。声の出し方さえ忘れそうになる……自分が社会から透明人間になってしまったような気分になります」” (引用元) 「声の出し方さえ忘れそうになる」…〈年金月10万円〉市営団地暮らしの76歳男性、コンビニ店員の挨拶に感じた〈身に染みる温もり〉
私の普段の生活と大して変わってないように思えますが、
3点程、大きな違いがあると思いましたので、
それについて述べてみたいと思います。
2~3か月に1回程度だが飲みにく機会がある
一番大きな違いというのは、私が2~3ヵ月に1回程度とは言え、
友人・知人と飲みに行く機会があるということですかね?
個人的にはもう少し頻度が増えても良いとは思いますが、
現役サラリーマンの方は忙しいのでこんなものでしょう。
これが本当にゼロとかになると、
私も孤立感とかを真剣に考えるかもしれません。
定年後に友人と会う機会が増える?
また、私の友人の一人は、
「定年後に皆が暇になったら、このメンバーで会うのも増えるだろうな...」
みたいな趣旨の話をしていました。
確かに、昼のファミレスみたいなところでは、
それっぽい老人の集団を見かけることは多いですね。
なので、将来的には今よりは孤独感を感じないのではないか?
と漠然と思っているところはあります。
お金で解決できる部分
この方は、
「仕事もないし、近くに知り合いもいないし。金がかかるから、人付き合いもほんとないから。人と会うのは、近所のコンビニくらいかな」
のような事を言っておられますが、
私は飲み行くお金くらいはありますし、
お金を払って習い事に通って友人を見つけるということも可能ではないかと思っています。
また、記事ではコンビニ店員の挨拶が身に染みたみたいなことを言っていますが、
私も行きつけの中華屋のおばちゃんとかとは話を時々します。
まあ別にそれで温もりなど感じたことはないですが、
それも孤立感を感じない理由の一つであれば、
中華屋に食べに行く程度のお金があるというのも、
独居老人には重要だと思いますね。
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「喉を使わないから、声が掠れて出ないことがある。声の出し方さえ忘れそうになる」
返信削除これはさすがに大袈裟ですね。
独り言を言っていれば、声が出ないとか、声の出し方を忘れることはないでしょう。
何ならAIと会話することもできますから。
この人は気力が無いように思います。
確かに大袈裟な表現ですね。声をだすだけなら、AIスピーカーだったり、コールセンターもありますからね。何なら、保険の勧誘とかの電話も定期的に掛かってきます。
削除動けなくなってしまった場合などは不安はあるのですが、しかし自分の介護をさせる目的で友達などを造るとなると友達に申し訳ない気がする。
返信削除より高齢になって、同じ境遇の友人と助け合うみたいなのはありかと思いますが、それを目的に友人をつくるは確かにちょっと違う気はしますね。
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