2022年11月17日木曜日

「FIREしたい!」に高尚な理屈が必要か?

私がFIREしたかった理由はシンプル


私がFIREしたかった一番の理由は極めてシンプルで、
それは「仕事」に不満があったからですね。

「仕事」には自分が割り当てられた仕事内容はもちろん、
評価であるとか人間関係、給与水準など、様々な要素が含まれます。

ある程度の資産を築いて早期退職を実現することによって、
ツマラナイ仕事から解放されれば、
少なくともサラリーマンを継続するよりはシアワセな人生だろうな...
という思いからセミリタイア(今で言うFIREに近い)しようと思ったわけです。

FIREしたい動機は会社が嫌だからでは?


しかしながら、FIREを希望する理由として、
なかなか高尚な理論を持ち出す方々もいらっしゃいます。

サラリーマンは搾取の対象であるといった比較的ポピュラーなものから、
高名な学者や宗教家の言葉などをベースに、
FIREの正当性なり優越性などを展開するものです。

ただ、FIREを希望する動機の第一というのは、
結局、仕事先がブラックだったり、
上司が気に入らなかったりだったり、
もう少しシンプルなところから出発している人が多いのでは?と思います。

なので、例えば、
仕事とは何か?
この命題について考えた結果、
組織で働くこと自体が人間性を阻害するものであり、
このまま仕事を続けるのは人間の本質とは相いれない...
とかいう理由で仕事を辞める人はほとんどいないんじゃないでしょうかね?

生涯現役に対する反論としては有効だが...


個人的には、仕事することの尊さを強調しすぎたり、
生涯現役を無条件に礼賛する方々に対して、
仕事の位置を相対化し、より客観的に分析したうえで、
FIREという生き方もあるということについて、
それなりにアカデミックなバックグラウンドを提供することに、
それなりの意味はあるとは思いますが、
その程度にとどまるかな?と言った感じですね。

FIREなんてのはいくつかある人生の選択肢の一つなので、
もうちょいシンプルに、
自分の好きな道を行くといった感じだけで良い気はしますね。

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