2026年6月27日土曜日

【FIRE生活】Netflixをダラダラみるだけの人生でもサラリーマンよりマシ!と私が思う理由

このまま人生が終わると不安?


「このまま人生終わるのかなと不安になります」

などと物騒な事を言うので何かと思って読み進めると、
一体何が不安なのだ?という日常が描かれている記事がありました。

"朝起きる。ニュースを見る。株価を確認する。ジムへ行く。帰宅する。Netflixを観る。昼寝をする――翌日も同じ生活サイクルで、その翌日も、ほぼ変わりません。” (引用元) 「資産1.2億円でも、ちっとも幸せじゃない…」43歳でFIRE達成の男性。昼からNetflixをダラダラ観るだけの日々「このまま人生終わるのかな」
「Netflix」を「YouTubeと読書」に置き換えれば、
まるで私の今の生活のようです。

ただ、私はそのような生活に不安を抱くことはありません。
その理由は何か?について考えると、
私がFIREするべきと考えた構図が見えてくると思いましたので、
本日はこの件について述べてみたいと思います。

一生TVだけ見て過ごす方がマシ!


私がサラリーマン時代にFIRE後の生活について考えを巡らせている時、
ある種の象徴的に辿り着いた結論というのは、

”このままサラリーマン生活をずっと続けるくらいなら、
  朝から晩までTVだけ見ている方が遥かにマシ”

というものでした。

FIREを目指している時期の私の仕事はつまらくてシンドイものでしたが、
それが改善する見込みは全くありませんでした。

”仕事がシンドイ”部分につきましては、
上司が変わることで緩和される可能性は多少はありましたが、
”仕事がつまらない”部分につきましては、
役職定年や定年後再雇用などを鑑みると、
当時よりも更につまらなくなることが確実だったと思います。

それならば、つまらなくなって見る人が激減したTVでさえ、
仕事するよりは面白いんじゃないの?
と私は考えたわけです。

Netflixはダラダラでなく真剣に見る!


ただ実際問題として考えれば、
FIREしたらTVの前にずっといなくてはいけないことはなく、
自由に好きなことができます。

なので、上記記事内で違和感を感じたのは、

”昼からNetflixをダラダラ観るだけの日々”

みたいな表現ですね。

映画やドラマが好きな人からしたら、
”ダラダラ”ではなくもっと能動的に見ると思いますね。

そして多くの作品を見続ける中で、
本当に見て良かった作品に出合った時など、
FIREしなければこの作品に出合えなかった、
本当にFIREして良かった!
みたいな感動は結構あるのでは?

サラリーマンでは100%楽しむのは無理!


こういう事を言いますと、
「サラリーマンでもNetlixくらい見れるだろ!」
という反論があるかと思います。

ただ、この反論は2つの意味で私的には違います。

一つは圧倒的な自由時間の差です。
サラリーマンなら動画鑑賞に費やせるのは、
せいぜい平日は1~2時間、週末でも4~5時間くらいではないでしょうか?
膨大なコンテンツにアクセスできる現状を鑑みると、
それでは少なすぎるという考える人は多いでしょう。

もう一つは自由時間の質的なものですね。
仕事から帰った平日の夜など特にそうですが、
肉体的な疲労や仕事の事が頭から離れないなどの理由により、
コンテンツを100%楽しめるのかは非常に疑問です。

というか、私の場合は無理でした。
この要素は私がFIREする強い動機となりましたが、
FIRE後に読書に没頭できる環境の素晴らしさを考えると、
私の考え以上に仕事により楽しみが阻害されていたというのをしみじみと感じますね。

Netflixダラダラ見るだけでも...


最初の「このまま人生終わるのかなと不安になります」についてですが、
上記の考察を艦見ると、
サラリーマンをあのまま続けていたら感じていたことじゃないの?
と私なんかは思ってしまいます。

まあ、Netflixをダラダラ見るだけの人生でも、
経済的な不安が全くなくてストレスもないのなら、
それはそれでなかなか素晴らしい人生だと私は思いますけどね...

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