珍しくFIREして良かった話だが...
55歳で資産8,000万円でFIREした人の記事があって、
珍しくFIREして良かった!というお話でしたが、
以下のパートはちょっと私とは違うと思いました。
"一方で、会社を辞めたことで新たな発見もありました。それは、仕事には収入を得るだけでなく、人との交流や社会の中での役割を実感する側面もあったということです。退職直後は一人の時間が心地よかったものの、数年たつと、誰かに必要とされる場面が減ったことに物足りなさを覚えるようになりました。” (引用元) 「55歳で会社を辞めて正解でした」〈総資産8,000万円〉元会社員、FIRE5年後に語る本音
この方は「誰かに必要とされる場面が減った」ことに物足りなさを覚えたそうですが、
私はむしろその逆で、「誰かに必要とされる場面が減った」ことが、
FIRE生活をより楽しくしていると考えます。
本日はこの辺りのロジックを述べてみたいと思います。
会社が求める役割とのギャップ
私は何度か述べておりますように、
サラリーマン時代を通じて自分の希望職種に就けなかった期間がほとんどでした。
この事の意味することを「誰かに必要とされる」を軸に考えると、
会社が私に求める役割というのが、
そもそも私が会社のお役に立ちたいフィールドではなかったということです。
「何でも良いから他人様のお役に立ちたい」という方もいるでしょうが、
あいにく私はそういったタイプではありません。
仕事で褒められてもうれしくない...
それでも仕事で褒められたり感謝されれば嬉しいのでは?
というご意見もあるかもしれません。
ただ、私のサラリーマン時代の晩年で仕事で褒められた内容というのは、
本業というより雑用的な内容が多く、
そんなんで褒められてもね...という感じでした。
いやむしろ、こんなんで褒めるとか、
私をバカにしているのか?とさえ思った事があります。
「誰かに必要とされる」は幻想だったりする
私には経験がないので実感としてはわかりませんが、
やりたい仕事をやっている方でも、
仕事で必要とされる喜びよりも、
プレッシャーのがキツイという方もいらっしゃるのではないかと思います。
またそれとは違うパターンで、
「オレがいないとこの部署は潰れる!」
みたいなことを言っていた人がいましたが、
実際はその人がいなくなってその部署が潰れるどころか、
無駄が無くなって業績が向上したみたいなこともあります。
なのでこの方の場合は「会社に必要とされる」と自分では思っていたものの、
実際は全然違ったというわけです。
まあ私はいない方が良いとまでは思われていなかったと信じたいですが、
大して会社に必要とされてはいなかったのは確実かと思います。
変な期待をされなくて清々している
まあそんな感じなので、私は仕事を辞めてから、
会社とかに変な期待をされなくなって清々しているというのが本音ですね。
上記はある程度論理的にまとめて述べましたが、
会社を辞めてから、
「誰かに必要とされる場面が減ったな~」
などとは頭の片隅にも思ったことがない!
というのがより正確な感想かもしれません。
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