「静かな休暇」に感じる強烈な違和感
「静かな休暇」というワードがネット上で話題のようですが、
定義を見ると「?」というのが個人的な第一印象です。
"「静かな退職」に続く労働カルチャーの変化として、アメリカ発の「静かな休暇」が注目されています。会社に休暇を申請せず、勤務しているように見せながら実際には私的な時間を過ごす行為を指す言葉で、リモートワークの普及によって上司や同僚から勤務中の様子が見えにくくなったことが、こうした行動を取りやすくしたとされています。” (引用元) 「静かな退職」に続く「静かな休暇」労働カルチャーの変化と“サボりのプロ”の境界線”
これを労働カルチャー云々の話にするのはどうかな?
単なるサボりじゃないの?と言う指摘が記事内でもされていますが、
全くその通りですね。
昔からあるサボりの問題
確かに記事で紹介されているような、
”リモート勤務中にチャットツールのステータスをオンラインに保ったり、メールを予約送信し、”
と言ったものについてはリモート時代ならではで、
これを「静かな休暇」と呼ぶのは何となくわからんでもありません。
しかしながら、例えば営業マンが外回りでちょっと喫茶店で涼むくらいは許容範囲として、
実際に行ってもいない取引先に行ったことにしてサボるみたいなのは、
昔からある手口です。
こんなのも「静かな休暇」にカテゴライズされるのでしょうかね?
となると、昔からあるサボりを新しい呼び方にしただけにしか見えません。
休暇を取っているヤツほどサボる...
また、記事内では「静かな休暇」への背景として、
”休暇を取得することへの心理的なハードル”を挙げていますが、
これはどうかと思いますね。
それでは休暇がたっぷりと貰えたならばサボらないか?
と言われると、今現在サボっている人の多くは、
引き続きサボれるものならサボるのではないかと思います。
実際に私の経験上では、
一緒に働いていた人でサボっている人の多くは、
サボっていない人よりも休暇も取得していました。
所詮はサラリーマンの範疇
「静かな退職」にしても「静かな休暇」にしましても、
所詮はサラリーマンの範疇を越えていません。
昔からいるタイプの無気力サラリーマンだったりサボリーマンに対して、
新しい呼び名をつけたところで、その本質が変わるわけでもないのに、
何か新しい生き方をしているみたいに持ち上げるのは、
ちょっと個人的には違うのではないか?というのを改めて思いますね。
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