FIREではFIよりREが大事は一般的だが...
FIREに関する一般的な言説で多いのは、
以下のようにFIが大事でありREは大事でないというものです。
"FIREという言葉ではREに注目が集まりがちです。しかし筆者は、FIREという考え方の中でも、大きな価値があるのはREではなくFIのほうだと考えています。 十分な資産を築き、経済的に自立した人間が手にするものは、いつでも辞められる状態で働き続けられるという精神的な自由です。理不尽な上司や職場環境に直面しても、「生活のためにここにしがみつかなければならない」という制約は弱まります。ストレスを最小限に抑えながら、会社員としてのメリットを享受できるポジションといえます。” (引用元) 「1億円貯まった、退職するか」のはずが…現役FPが解説「FIRE可能でも会社を辞めない人々」は何を考えているのか?
一般的なサラリーマン諸氏はこの文章を違和感なく受け取る気が致しますが、
私個人の経験からくる感想はかなり違うかな?と思います。
何億円持っていてもツライものはツライ!
記事内では、理不尽な上司や職場環境に直面しても、
FIさえしていれば精神的な自由があるみたいに書かれていますが、
これには違和感がありますね。
例えば、会議で長時間、大勢の課員の前で吊るし上げのように叱責を受けた場合、
「オレは3億円持っているから貧乏人の課長に何言われても響かないね!」
みたいな反応になるかと言えばそうはならないのではないでしょうか?
まあ、軽く嫌味を言われるとかなら気にならないかもしれませんが、
そういった場合はそもそも資産がなくても気にならないのではないかと思います。
FI達成で仕事が楽になったは錯覚?
また、私自身の経験も踏まえて話を致しますと、
FI達成で精神的な余裕が出来て仕事を楽に感じるようになった!
みたいな話は錯覚である可能性が高いと思うのですね。
例えば、30代で仕事がきつすぎてFIREを目指したとして、
40代半ばでFI達成と言っても良い資産を築いた場合、
その時点で仕事が楽になったと感じることはあるかと思います。
ただその場合、冷静に考えると、
FIとか全く関係なしに単純に仕事が楽になっただけ!
ということはないでしょうか?
私も40代半ばで目標資産が達成したにもかかわらず、
数年間はうだうだと働いてしまったわけですが、
その時点で30代と同じ仕事のきつさであったら、
速攻、会社を辞めていたと思うのですよね。
なので、FI達成で仕事を楽に感じたというのは、
ちょっと違うというケースも多いのではないかと推測します。
実際に会社を辞めなければ意味が無い
いずれに致しましても、
何故かFI達成したらあれだけ嫌な仕事が生き甲斐になった!
みたいな実際に聞いたことはないような奇跡でも起きない限りは、
FI達成しても実際に会社をやめないのだったら、
宝の持ち腐れみたいなところがあるのではないかと思います。
というよりも、自分もちょっとそういうところがあったのですが、
実際にFI達成するのとREに踏み切る間には、
結構深い溝みたいなものがあって、
なかなかスパッと会社を辞めるのは難しいですからね。
まあ、FI達成には節約等々かなりの努力をしているわけで、
REしないなら、それまでの努力は無駄だったということにもなりかねないので、
REしないFIは個人的にはあまり意味が無く、
重要性はFIよりREでは?と思ってしまいます。
もちろん、FI達成してなければREもできないわけですが、
難易度的なものもREの方が高かったりするかもしれません。
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