2026年2月3日火曜日

”FIREすると鬱になる”ではなく”FIREしないと鬱になる”では?

FIRE後に鬱になった人


定期的に記事がお勧めにあがってくるホンダアオイさんの漫画ですが、
私とは発想が真逆だな~と思ったのが以下の箇所です。

"しかしその頃から、ヨシオはFIRE後の生活について考え始めます。調べるほどに「FIRE後に鬱になった人」の存在を知り、仕事を辞めることができずにいたのです。” (引用元) FIRE目指し30年 4億貯めた窓際サラリーマンがたどりついた境地 実話にもとづく闇と立ち直りが話題【漫画】
私の発想では、FIRE後に鬱になるのを心配する前に、
サラリーマンを続けることによって鬱になる心配が先だろう!
となります。

要は、”FIREすると鬱になる”ではなく”FIREしないと鬱になる”ということです。

FIRE後に鬱になる人は多いか?


そもそも、FIRE失敗とかFIRE卒業と言う人は定期的に見かけますが、
FIRE後に鬱になったみたいな人はそれほど聞かない印象があります。

それよりも、サラリーマンで鬱になる人の比率のが圧倒的に高いのでは?
とシンプルに考えてしまいます。

私なんかも、あと1年余計に働いていたら、
鬱的にはかなりヤバいラインに突入していたと思います。

筆者は、
”「誰からも必要とされない辛さ」からくる孤独感”
を強調されていますが、これも私には逆ですね。

私のやっていた仕事は私のやりたい仕事からは程遠く、
こんな仕事で私を必要としてもらっては困るという感じでした。

休職後に40代後半で出世する⁉


そして、もう一つ気になったのが、
45歳で1年間の休職、ただ孤独に耐えかねて予定より早く職場復帰後、
”仕事に没頭するヨシオは会社から認められ、出世しはじめます。後輩たちからも慕われ、ヨシオは少しずつ心の余裕を取り戻していくのでした。”
という箇所です。

私が知っている限りの会社で、
窓際族だった人が45歳から仕事を頑張って出世とか聞いたことないですね。

私が安心してFIREに踏み切ることができたのも、
頑張ったところで出世するはずなどないというのも大きかったです。

20代の過ごし方が影響か?


そんなわけなので、私個人としましては、
この主人公とはマインドが随分と異なる印象ですが、
この違いはどこから来るのか?

一つの仮説としては、20代の過ごし方が違うことですかね?

私は20代はそれなりに友人達とも飲みに行ったりしていましたし、
将来の仕事へ向けての勉強とかもしており、
FIREとかについて真剣に考えていませんでした。

20代から貯金・投資ファーストみたいな生活をしていると、
この主人公のような考え方になっていくというのはあるかもしれないとは思いますが、
どうでしょうか?

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村

2026年2月2日月曜日

【記憶の改ざん】楽しかったと思っていた会社員時代の日帰り旅行が全然楽しくなった件

20年ぶりの結城市観光


週末に茨城県結城市に行って参りました。
前回訪れたのは会社員時代の20年程前ですが、
街の風景等で記憶に残っていることはなかったです。

ただ、記憶の改ざんといいますか、
当時週末に旅行に行ったのは、
20年程前は仕事も安定していて、
週末くらいは楽しめていた時期も私にはあった!
みたいに思っていたのが、
それはかなり違うかも?
ということは思い出しました。

楽しみで外出したというよりは...


現地に行って強烈に思い出したのが、
明日も仕事だからと滞在は2時間くらいで、
お昼くらいには駅へ向かってとぼとぼ歩くシーンです。

そこから派生して色々と仕事絡みの嫌なことも思い出して、
前回の旅行が楽しみから出かけたというよりは、
家にいても気が滅入るのでどこか行きたかった!
ということを改めて認識した感じです。

そりゃ、街並みなど記憶がほとんどないはずです。

FIRE後は楽しい散策だが...


今回の日帰り旅行はそのような状況ではありませんので、
散策など十分楽しむことができました。

ただ、真冬の寒い日だったこともあり、
朝はやっぱり行くのやめよう!と何度も思いました。
まあ、FIRE生活なので家にいてもそれなりに楽しいですからね...

今は当時のような現実逃避・ストレス解消的な旅行をすることはないですが、
「面倒くさい」という感情との戦いは続くのかな?という感じで、
少々寒かろうが外出すればそれなりに楽しいこともわかりましたので、
2月も機会があれば積極的にショートトリップに出かけたいと思います。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村

2026年2月1日日曜日

【笑えないFIRE民は多い?】節約しすぎてお金を払って楽しめなくなる

「お金を払って楽しむ」という感覚が麻痺


FIRE達成者は程度の差こそあれ、
サラリーマン時代は節約を意識して生活してきたと思います。

その副作用とでもいうべき症状が、
お金を払って楽しむことができなくなる、
いやむしろ、お金が減るのが苦痛ということかと思いますが、
それの極端な例が取り上げられていました。

"徹さんの後悔は、長年の節約生活で「お金を払って楽しむ」という感覚が麻痺してしまったことにあるといいます。
「先日、妻の祝いでひとり3万円の寿司屋に行きました。確かに良いネタでしたが、食べている最中に『スーパーのパック寿司なら何個買えるか』と、ふと頭をよぎってしまった。正直なところ、味の違いもそれほど分からず、むしろ高いお金を払ったことへの落ち着かなさばかりが残ったんです。せっかくの食事も、私にとってはパック寿司を食べている時とそれほど変わらない満足度しか得られませんでした」” (引用元) 「3万円の高級寿司」も「スーパーのパック寿司」も大して変わらない……〈貯金5,000万円〉〈年金月27万円〉70代夫婦が陥った「質素倹約」の末路。老後安泰も不幸という本末転倒
まあ、流石に極端な例だとは思いますが、
FIRE経験者はこういった思考に陥りがちであるとは思います。

高級店はコスパの範疇外...


記事内では、3万円の寿司とスーパーの寿司を比べるシーンが出てきます。

スーパーの寿司が1,000円として、
3万円の寿司がスーパーの寿司の30倍美味しいか?
コスパ的にどっちが上か?というのは、
ついつい節約志向な方が考えてしまう観点です。

個人的には、この手の高級寿司店とかについては、
コスパとかは考えるべきではないと思います。

ある程度の資産家になったとて、
この手の寿司屋に毎日行けるはずもないので、
行くときは一番高いのを頼んでやる!
くらいの習慣をつけても良いと思うんですよね。

節約だって習慣化の結果ですから、
高級店に行くのを楽しみにするのも習慣化できるでしょうし、
そこから新しい楽しみも見えてくるかもしれません。

味の違いがわからない?


そして、非常に気になったのが、
高級寿司とパック寿司の”味の違いもそれほど分からず”という箇所です。

いやいや、近所の寿司屋のランチだって、
スーパーの寿司との味の違いは一目瞭然じゃないか?
というのが私の経験からくる考えです。

流石にこのご意見は無理があるのでは?と思います。

もし本当に3万円寿司とスーパー寿司の味が同じなら、、
そのスーパーの寿司のクオリティが高いかもしれないので、
是非そのスーパーに行ってみたいですよ。

私も笑えないかも?


私は友人とのお食事会などの時には、
高い店を勧められても一切渋ることはなく、
また、コスパなどは気にしたことはありません。

ただ、一人旅で現地の名物を食べる時など、
高いお店に入る時に若干の躊躇みたいなのがあって、
「こっちの安い店のが現地の人が普段食べてる味に近そうだ...」
などと屁理屈をこねてしまうことはないとは言えないです。

まあ、この例にあるような極端な経験は私にはなく、
また例えば、月の食費を1万円以内とかに抑えようとかの極端な節約もしていませんが、
本当にお金を使うのを楽しんでいるのか?
理想的な消費活動になっているのか?
この辺りはちょっと自信がないところですね。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村